イベントレポート

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2018.01.20
『水面のあかり』特別先行上映会&トーク開催しました!

1/27(土)より公開となる『水面のあかり』。阪神淡路大震災から23年目となる1/17(水)に、特別先行上映会&トーク「1.17に震災と『水面のあかり』への思いを語る」を開催しました。トークに登壇されたのは松本教授役の堀内正美さん、渡辺シン監督、プロデューサーの赤松亮さんです。

早朝からの大雨という生憎のお天気でしたが、メモリアルウォークや東遊園地での「1.17のつどい」も例年通り行われました。神戸市在住の俳優である堀内正美さんは、震災時に市民ボランティアネットワーク「がんばろう!神戸」を立ち上げ、その後NPO法人「1.17希望の灯り」を設立するなど、ずっと震災に遭った人たちと支え合う活動をしてこられた方。この日も東遊園地から長靴姿で駆けつけてくださいました。プロデューサーの赤松さんも前夜から東遊園地のテントに滞在したそうです。

渡辺監督は阪神淡路大震災当時、神戸に住む友人たちを捜しまわったそうです。東日本大震災後も数度現地入りし、「映画制作者として自分には何ができるのか?」と考え続けました。あるとき、釜石で偶然出会ったひとりの女性が、夫を亡くした顛末をぽつりぽつりと渡辺監督に話し始めました。渡辺監督は何も言うことができませんでしたが、話し終えた女性は「やっと人に話せた。あなたなら聞いてくれると思った」と言ったのだそうです。

堀内さんは「映画というもののテーマは、実はどれも同じ。それは《人生》で、つまり《喪失》と《悲嘆》のくり返し」と話します。震災による喪失という同じ体験をしていても、悲嘆はひとりひとり異なります。「ご遺族」なんて言葉では決して括れないのです。

さらに、震災が直接ではなく遠因になって死亡した人、自分が死ねば良かったと自らを加害者にして折り合いを付けようとする人など、社会から認定されず理解も得にくい苦しみを抱えた人の姿こそ映像作家に切り取ってほしいと堀内さんは願っています。

そんな人に対して、私たちができること。それは「寄り添う」ことだけだと堀内さん。向き合って逃げ場を無くしてしまうのではなく、そっと隣で寄り添う。これをどう描くかで監督の考えが見えるそうです。『水面のあかり』は、《人が人に寄り添うということ》を真面目に考えてこのような作品になったと渡辺監督。その描き方に注目してみてください。関係性の変化などが、繊細に描かれています。

『水面のあかり』は1/27(土)より公開。関西発の映画を、ぜひ応援してください。

(mirai)


2018.01.17
「池谷薫ドキュメンタリー塾 #6」開催しました!

ドキュメンタリー映画の知られざる魅力に迫る「池谷薫ドキュメンタリー塾」。6回目の講義を1/11(木)に開催しました。今回は、池谷監督の現時点での最新作となる映画『ルンタ』を鑑賞しました。

『ルンタ』は中国の圧政により後を絶たないチベット人の焼身抗議をテーマに撮った作品です。主役はインド・ダラムサラで故郷を奪われたチベット人たちのサポートをしている日本人・中原一博さん。映画は中原さんを追いながら、焼身抗議の現状やその背景にあるチベット人の心を切り取っていきます。

本作のことを「ずっと撮りたいと思っていた作品」と池谷監督は言います。その理由の大元には、インド一人旅中に高山病で倒れてしまったところ見ず知らずのチベット人に介抱してもらった経験にあるようです。しかしながら制作はなかなか実現しません。なぜでしょうか。

まずテレビ・ドキュメンタリーでは企画書が通らなかったとのことです。理由は言わずもがなですが、政治的ともいえるテーマに放送局が弱腰になったからです。では映画で撮ろう、となるのですがこちらもうまくいきません。それはチベットで政治的な内容のある映画を撮ると、そこに映るチベット人が拘束されてしまうからです。

このような事情から、一度は脚本を書いて劇映画で作ろうと悩んでいたこともあるそうですが、2015年にようやくドキュメンタリー映画として結実することになりました。次回の講義ではこの『ルンタ』を徹底解説してくださいます。「池谷薫ドキュメンタリー塾:後期」の最終回です。乞うご期待!

(斉藤)


2018.01.17
『月夜釜合戦』スタッフによる《劇場バトンタッチトーク》開催しました!

『月夜釜合戦』最終日の1/12(金)、上映後に制作スタッフのトークを開催しました。登壇したのは佐藤零郎監督、プロデューサーの梶井洋志さん、カズ役のカズさん、ロケーションマネージャーの中村葉子さん、ケータリングリーダーの持木良太さん。そして司会には、京都みなみ会館から館長の吉田由利香さんにお越しいただきました。《劇場バトンタッチトーク》と称し、次の上映劇場のスタッフが進行を務めるという企画です。

まずは無事に一週間の興行を終えたこと、最終日にもたくさんの方が観に来てくださったことにみなさん口々に感謝を述べられました。客席に16mm映写機を設置しての上映という特殊な形態だったこともあり、トラブルが起きなかったことに安堵されたようです。とはいえ、「16mmは不安定なフォーマット。万が一映写トラブルが起きてしまった場合は、佐藤監督がギャグを50個披露する約束だった」と聞かされては、どこか残念な気もしてしまったり…?!

佐藤監督は、釜ヶ崎で映画を撮ろうと思った経緯や、脚本の下敷きとなった古典落語「釜泥」との出会いなど、制作に至るまでのお話をたっぷり話してくださいました。16mmフィルムでの映画制作なんて、よほどの熱意がないと簡単ではありません。熱い思いが口調からにじみ出る佐藤監督と、冷静に映画の完成までを指揮したであろうプロデューサーの梶井さんの掛け合いがとても面白い!

佐藤監督に出演を熱望されたというカズさんは、演技などしたことがなかったそう。どんな演出をされたのかという問いに「そのままでいてくれたらいいとしか言われず、正直困った」と話します。でも川瀬陽太さんが引っ張ってくれて助かったと真面目な答えに、「そんなキャラちゃうやん!」と他のメンバーからツッコミが飛びます。

魅力的なロケ地の数々は、ロケーションマネージャーの中村さんが自らの足で探しまわった努力の賜物。当時妊娠中だったにも関わらず、変わりゆく釜ヶ崎を感じて「今この場所を残さなきゃ」と奔走されたそうです。現在では無くなってしまった風景も多く映画には記録されており、強い印象を残します。

ケータリングを担当した持木さんは、炊き出しの会から大きな鍋を借りて撮影中のみんなの食事を作りました。デモのシーンや乱闘シーンでは、100人を超す出演者が集まり調理も大変だったそうです。いつの間にか町のオッチャンたちが食事に混じっていたなんて笑い話も。

見事な司会(元町映画館&月釜スタッフ絶賛!)でトークを進行してくださった吉田さん。元町映画館から、次は京都みなみ会館へ上映のバトンが渡ります。2/3(土)より一週間の上映で、初日には川瀬陽太さんや渋川清彦さんの登壇も予定されているそうです。観逃した方もリピートの方もぜひお越しください!

(mirai)


2018.01.17
『リベリアの白い血』福永壮志skypeトーク開催

1/13(土)、リベリアとNYを舞台に、リベリア人労働者の現実や苦悩を描いた本作。公開を記念して現在NYに在住の福永壮志監督とインターネット電話“skype”を用いてのトークを開催しました。

本作はプライベートでも親交のあったカメラマン・村上涼さんが撮影したリベリア人労働者の姿を追ったドキュメンタリー制作に携わったことがきっかけだそうです。この作品のなかでリベリア人のひたむきさに心を動かされて、撮影は始まりましたが、村上さんは本作の撮影途中に重度のマラリアにかかり33歳という若さでこの世を去りました。撮影では多くの苦労もあったそうです。

「リベリアは撮影機材などが、簡単に手に入りませんでした。またリベリアはアメリカにより解放された奴隷たちにより建国された国なので英語で基本的に通じるが、約束をすっぽかされたりしましたね」とおっしゃいました。

リベリアでの上映では観客の反応はどうだったかという問いには「やはりリベリアの人々はアメリカに対してかなり憧れが強い、作品を見ながら主人公に自分を投影する人も多かった」とおっしゃいました。

お客様とのQ&AではリベリアとNY、舞台が分かれているが撮影に影響はあったのかという問いに「村上が亡くなったあと、しばらく何もできず、リベリアでの撮影だけで完成することも考えたが、村上のあとを継いだアメリカ人のオーウェン・ドノヴァンが彼の想いを引き継いでくれた。それぞれの部を変化させるためにカメラのレンズも変更した」と作品へのこだわりをお話ししていただきました。

また「今の日本の映画業界に思うことは何かありますか」という問いに「NYにいるので詳しくは分からないが、国内マーケット向けに作られた作品が多い。資金集めの段階で人気のキャストなどを揃えたがる。映画としてよりよいものを作って、日本の外に向けた作品を作ってほしい」とおっしゃいました。

最後に監督は「本作は村上涼の生きた証です。ぜひ多くのかたに見てもらいたい」と締めくくりました。ぜひその証をを目に焼き付けてほしい。1/26(金)まで公開。

村上涼-Ryo Murakami
http://ryomurakami.com/jp/about/

(芋羊甘)


2018.01.17
『リベリアの白い血』岡野英之さんトーク&短編『ノーツ・フロム・リベリア』上映開催しました!

『リベリアの白い血』公開2日目の1/14(日)、リベリアなど西アフリカの武力紛争を研究している立命館大学専門研究員の岡野英之さんにお越しいただき、「リベリアを知ろうー現地を歩き回った専門家がわかりやすく解説しますー」と題してトークを行いました。

リベリアはアフリカ大陸の西端、アメリカ大陸に近い位置にあります。映画でも登場人物が英語を話している通り、公用語は英語です。なぜ公用語が英語なのか、アメリカと強い関係にある歴史をまずお話ししていただきました。

奴隷解放により黒人たちに仕事を奪われることを恐れたアメリカ政府は、アフリカの土地を買ってプランテーションを作り彼らをアフリカに帰す方針を立てます。そして白人監督者3人+解放奴隷88人が1820年にリベリアに入ってからわずか27年後の1847年に、アメリカはリベリアを独立させます。こうして公用語が英語の国が誕生したのです。

さらに岡野さんは、映画の中でリベリア人たちが使う英語の微妙な違いを指摘されます。農園内での労働者たちの使う言葉は例えるなら“天王寺のおっちゃんたち”。その上司は“梅田のサラリーマン”、NY在住のシスコの従兄弟は“東京モン”。それぞれの英語を聞き分けての分析には驚き!それを描き分けた福永監督の表現力もすごい!

そして断続的に2000年代まで続いたリベリアの内戦の顛末を、写真や動画を見せながら中心人物たちの紹介も絡めてお話しいただきました。映画では、主人公のシスコは内戦の記憶を封印しようとしています。それが解かれようとすることへの恐怖が軸となり、内戦について多くは語られません。

この日トークと合わせて、映画の原案となった撮影監督の村上涼さんによる短編ドキュメンタリー『ノーツ・フロム・リベリア』の上映も行いました。こちらでは、兵士だった男性たちへの内戦についてのインタビュー映像がいくつか見られます。岡野さんのお話を聞いた後に観ると、『ノーツ・フロム・リベリア』も『リベリアの白い血』も最初は気づかなかった部分が見えてくるようでした。

会場からも活発に質問が挙がり、邦題については本作を配給されている(ご自身も監督である)ニコニコフィルムの蔦哲一朗さんにお答えいただくという一幕もありました。『リベリアの白い血』は1/26(金)までの上映です。ぜひご覧ください!

(mirai)


2018.01.10
『月夜釜合戦』田中晋平さん×佐藤零郎監督×梶井洋志さんトーク開催しました!

『月夜釜合戦』3連休最終日の1/8(月)上映後、神戸映画保存ネットワークの田中晋平さんをお招きし、佐藤零郎監督とプロデューサーの梶井洋志さんとトークを行いました。『月夜釜合戦』ではパンフレットの代わりに「CALDRONS(カルドロンズ)」という批評新聞を発行・販売しており、田中さんはその第1号に寄稿もされています。

田中さんはまず「釜ヶ崎という町に深く入り込み時間をかけて関係を培ってきた者でないと作り得ない映画」と評し、映画にも登場する三角公園での上映会にも参加されたことから、自分たちで場所を作りあげていくような上映スタイルも作品とリンクしていると話されました。

空間的に何かを立ち上げるだけでなく、いつ何が起こるかわからない時間的な〈突発性〉という面もこの作品にはあり、それを上映活動でも獲得していきたいとの梶井さんの言葉に、「これからも目を離さず追いかけていきたい」と熱いエールも送られました。

また、作品にくり返し登場する〈マッチの火〉について、「映画の灯を絶やさない」という隠喩ととれるという田中さんの指摘にはハッとしました。佐藤監督の意図は「昔、釜ヶ崎にはマッチ工場があり、過酷な労働から逃れて私娼になる女性も多かった。そんな歴史の象徴としてマッチを使った」とのことですが、16mmフィルムで制作されたことや映画を観た印象からも、田中さんのご指摘はピッタリあてはまるような気がします。

運動家を茶化している表現はどういう意図かとのお客さまからの質問に、佐藤監督は「僕はめちゃめちゃ左翼ですよ!」と言って会場を沸かせ、「ゴンスケは僕の理想像。左翼・活動家は馬鹿じゃないとダメだと思っている。茶化していると言うよりお茶目に描いたつもり」と話されました。そう言われてみると、とても愛情のこもったキャラクターだと感じます。

個性的な出演者はどこから?との質問には、釜ヶ崎などでの活動で知り合った人や釜ヶ崎にずっといる人たちに多く出演してもらったと佐藤監督。フィクションだけど自分が釜ヶ崎で見てきた光景を違和感なく再現することに腐心したとの言葉に、「釜ヶ崎の時間軸を再現した作品だからこそ、ある意味でドキュメンタリー以上に釜ヶ崎に迫れている」と田中さんが締められました。

客席に16mm映写機を持ち込んでの上映ということもあり、この映画は“現場”で観ることに大きな意義があると改めて強く思いました。元町映画館では1/12(金)までの上映、その後京都みなみ会館や神戸映画資料館での上映も予定されています。お観逃しなく!

(mirai)


2018.01.10
『月夜釜合戦』1/7(日)佐藤零郎監督×原口剛さんトーク

『月夜釜合戦(ツキヨノカマガッセン)』
昨年末、大阪シネ・ヌーヴォで東京に先駆けて公開され大ヒットした作品が元町映画館でも1/6(土)から始まりました。

主演、太田直里(ナオリ)さんの初日舞台挨拶に続いて2日目は釜ヶ崎の研究者である原口剛(タケシ)さん(神戸大学大学院人文学研究科准教授)にお越し頂き、佐藤零郎(レオ)監督と1時間余りお話し頂きました。

原口さんはトーク前に5度目ご鑑賞をされましたが見るたびに新しい発見があると言われます。
釜ヶ崎を研究した書物「釜ヶ崎のススメ」「都市の叫び」は当館でも少数部数ですが販売しています。

佐藤監督は10年以上前から釜ヶ崎にドキュメンタリー作家としてカメラを向けてこられた方です。
そんなお二人が釜ヶ崎について話すとどうなるのか?
素人はついていけないんじゃないか?

地図や映像を見ながらの話ではないので大阪の地理をあまり知らない私などが聞いていると、地名・固有名を聞いてもピンと来ず、映画にあったたような場所なんかなあと曖昧な想像に任せていました。

話の中盤に原口さんからジェントリフィケーション(都市を再開発して高級化すること)という言葉が出て、両者ともイカンイカン、映画と離れてアジテーションになってしまうと言われ、佐藤監督はそこで被っていた帽子を脱がれました。

映画に即した話へ戻ろうとなって根本のところを原口さんが佐藤監督へ尋ねられました。
これまで何回も聞かれたと思うけどと付け足しながら。

どうしてこの映画をドキュメンタリーではなくフィクションで、しかも16mmフィルムで撮ったのか?

この何度も聞かれては答えてきた質問に佐藤監督はしばし言葉を失います。
今までこう答えてきたけどもホントにそれが自分の思ってることなのかと自問されてのことでした。

その何度も仰った言葉は「釜ヶ崎のにおいを撮りたい」です。
釜ヶ崎を最初に訪れた際に一番強かった印象である「におい」を写し取るためにはフィルムしかないと直感したこと、再開発のための強制立ち退きという現実に芝居(フィクション)という手段で抵抗する太田直里さんの存在、を話されました。

その他にもたくさん色々なお話を聞いて心に残ったところを記します。

原口さんが強調されたのは労働者の闘争の記憶だったように思います。
労働者たちの巨大な墓標としての超高層ビル、あべのハルカス。
そのビル群を背景にして主人公メイが自転車をこいでるシーンから映画は始まります。
斃れた労働者たちの怨念が憑依したかのような墓地での踊りのシーン。
釜と米の連想から米騒動と釜合戦の重なり。

他方、佐藤監督が撮ったこの映画は紋切り型の釜ヶ崎のイメージの外部を強調されていました。
釜ヶ崎の下層労働者からもはみ出した芸人やヤクザや囲われてない娼婦たち、そして泥棒。
そこに居てはいけない、またはここにいろと言われた者たちの傍にいること。

そもそもがフィクションなのですから事実に基づくとは言え、そこからはみ出るものです。
釜ヶ崎という地名は公的な名称としては約100年前に地図から消えているんだそうです。

しかし、この映画は本当に色々なものの見方を与えてくれます。
真面目に語ってもよし、ふざけてもよし。
様々なメディアに出た映画レビューでは真面目に語る方が多く、川瀬陽太さんの演技が象徴的な映画の喜劇性から語る人は少ないような気がします。

本作は関西が先導する形で公開され、しかも16mmフィルム映写にこだわり抜いているので、今のところはですが関西の劇場以外での鑑賞は難しくなっています。

元町映画館では客席スペースに映写機を持ち込んで梶井プロデューサーが連日映写機を操作されています。
通常の映画館では絶対に見れないこの光景も含めてお楽しみいただければ嬉しいです。

最後に、この作品にはパンフレットはありませんが、パンフ代わりに批評新聞CALDRONSを200円で販売しています。
映画への理解が深まってより良き鑑賞の手助けになる読み物です。

元町映画館では連日19:30から1/12(金)まで上映しております。
皆さま、お見逃しなく!

(高橋)


2018.01.10
『月夜釜合戦』舞台挨拶開催!

2018年、初の舞台挨拶作品は『月夜釜合戦』。上映初日を記念し、1/6(土)に出演の太田直里さん、赤田周平さん、プロデューサーの梶井洋志さん、佐藤零郎監督による舞台挨拶を開催しました。

大阪では連日超満員となった本作。「新年一発目の舞台挨拶はとにかくめでたい!」ということで日本酒を飲んで「乾杯!」。神戸・灘にある白鶴酒造さんにご用意していただいた大吟醸のお酒を楽しみながら舞台挨拶は始まりました。

16mmフィルムということへのこだわりを聞かれた佐藤監督は「自分が初めて大阪の釜ヶ崎を訪れた時に感じた『ここ、日本かっ!』と思わせてくれるくらいの匂いや独特な人を映すには16mmしかないと思った」とおっしゃいました。また釜ヶ崎を舞台にした理由を聞かれると「自分も釜ヶ崎で暮らす人たちを生で見てきた。一時期あった強制立ち退きのことを聞くと野宿者とそれを支える支援者が行政に対してスクラムを組んで対抗していた。立場が違う中で、現時点である社会構造を壊したかった」とおっしゃいました。

太田さんは16mmフィルムという特殊な環境下での撮影に触れて、「これで良いのか、本当にこのままの自分の演技で良いのか、悩んだ」とおっしゃいました。

赤田さんは、監督から「釜ヶ崎で支援活動をする人はバカじゃなきゃだめ、真面目にやっても疲弊していくだけ、周ちゃん(赤田さん)は適役、バカだから(笑)」とはっきりと言うその褒め言葉、笑ってしまいました。

Q&Aでは、梶井さんが作中に出てきた盲目のあんま師の方の裏話を披露していました。まさかその方が映画『座頭市』を目指していたとは思いませんでした。 監督は「釜ヶ崎ではアルミ缶拾いは労働に含まれないことを聞いた。肉体労働だけが偉いのか、いやそうじゃない。日雇い労働者の映画を作る時には、自分が釜ヶ崎に入った世間で認められていない人たちを主題にした映画を撮りたかった」とおっしゃいました。

劇場内で16mmフィルム映写機が“カラカラ”と音を立てての上映を体験できるのも1/12(金)まで。完成まで5年の歳月をかけたあふれんばかりの釜ヶ崎パワーをご堪能あれ!

(芋羊甘)


2018.01.06
2017年12/30(土)年内最終興行『ハッピーアワー』舞台挨拶!

皆様、あけましておめでとうございます。
先日行われた『ハッピーアワー』舞台挨拶の模様をお知らせします。

本作を元町映画館で上映するのは4回目になります。
始まりは2015年12月の地元神戸での先行上映ロードショー、翌年春の前年度作品から人気投票で選ばれたアンコール上映、同年暮れの濱口監督特集も兼ねた「ハッピー・ハマグチ・アワー」、そして今回は毎年上映の約束をギリギリに叶えるべく年内最終営業日の12/30に1回限りの上映を行いました。

年の瀬のこの時期、そして過去3回上映した作品にお客様は来られるのだろうか?
そんな不安を吹き飛ばす満席超えの大盛況で年内最終興行を終えることができました!
後で分かった事ですが約9割のお客様が本作を初めてご覧になる方でした。
本作は現在DVD化されておらずレンタルや購入ができないということもありますが、それにしても5時間17分の長尺にお時間を割いてくださったのですから有難い限りです。

今回は2015年の興行初日以来の多くのゲストにご来場いただきました。

濱口竜介監督、菊池葉月さん(桜子)、出村弘美さん(日向子)、久貝亜美さん(よしえ)、福永祥子さん(桜子の義理の母ミツ)、申芳夫さん(桜子の夫、良彦)、坂庄基さん(風間)、殿井歩さん(葉子)、柴田修兵さん(鵜飼)、田辺泰信さん(栗田)、伊藤勇一郎さん(河野)

以上11名の方々が登壇されました。登壇はされなかったのですが助監督の斗内秀和さんと録音の松野泉さんもご来場されました。
少しだけ出演され名演技をされた松村厚さん(元第七藝術劇場支配人)もご挨拶に来られました。
ちなみに当館の広報担当、宮本裕也はセリフはないですがエキストラとして画面に映っています。

懐かしい面々が一堂に会し『ハッピーアワー』が発祥の地に里帰りをしたようで感無量でした。
11人各自のご挨拶・公開から3年経っての感想・お客様と濱口監督とのQ&A・最後に各自ひと言、と続いた舞台挨拶は40分を超え、映画と入替時間とを合わせるとお客様は6時間以上の劇場滞在になりました。
それらのお客様の中のお一人は同日11:00からの『立ち去った女』3時間48分を観てから!のお付合いでした。

登壇者の皆様は公開からの3年、映画製作の始まりである即興演技ワークショップからだと4年の月日の経過を感慨深く言葉にされていました。
私が記憶に残った言葉は「当時濱口監督に薦めてもらった本を未だに読めていないので今度読もうと思います(殿井さん)」でした。
3年間の長さと短さのそれぞれを実感できるお言葉でした。

その3年間で濱口監督は約1年間のアメリカ留学から帰国して新作『寝ても覚めても』を撮られ今秋に公開を控えています。
この新作も大変楽しみです。当館でも上映できる機会があれば嬉しいですが大分先のことなので未定です。

会場からの質問も今回はポンポンと出まして、これまでありそうでなかった質問がありました。
お客様:この作品は最後に家族が崩壊したり離婚したりとハッピーではないのですがどうして題名がハッピーアワーなのですか?
濱口監督:(この通りではないですがこんな風にお答えになりました)私は意外と楽観的でして、『ハッピーアワー』というのは飲み屋の看板に出ている言葉から取って楽観的な意味を込めています。映画はこういう終わり方だけれども、これから幸せになる一歩を踏み出したんだと考えたい。

『ハッピーアワー』の5時間17分は幸せになるための人生の予告編なんですね。
あと何年何回上映できるか分かりませんが福永祥子さんはお孫さん5歳が15歳になる時に本作を観せたいとのこと。
10年も先のことは分かりませんがスタッフ一同一日一日を頑張っていく所存です。

皆様、2018年も何卒よろしくお願いします。

(高橋)

本日の上映作品

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