映画監督の池谷薫さんが、自作を題材にドキュメンタリー映画の“裏側”を徹底解説する「池谷薫ドキュメンタリー塾」。最終回の第5回は「チベットを撮る 人間の尊厳とは何か」と題し、中国政府の圧政に対し非暴力の闘いを続けるチベットの人々をとらえた『ルンタ』(2015)を取り上げました。まずは1984年、池谷さんが26歳のときのインド放浪の旅で、チベット人に命を助けられ、その温かさに触れてから完成まで31年かかった完成までの経緯を説明。2008年、チベット人の大規模な非暴力抗議行動が中国政府に弾圧され200人以上が殺害された翌年からはじまった焼身抗議。その焼身抗議を行った人のことをブログに記録し続けているのが、亡命政府の専属建築士時代に取材で知り合ったという中原一博さんでした。彼と一緒にチベットを旅する映画にすれば、チベット人に迷惑をかけずに政治的なメッセージを伝えられると考え「焼身抗議から逃げない映画を作る」と打診、中原さんも「そう言われたら断る理由はない」と応じてくれたと言います。
前半は緊張感が持続し、観客がギリギリと追い込まれていく焼身抗議のルポルタージュ、後半はそこから一気にチベットの大平原にカメラが入り、心を解き放つ構成の『ルンタ』。これまでの主人公を徹底的に描き尽くす構成ではなく、本作の主役である焼身抗議を行った死者たちを主人公に、細かく編み上げていった編集作業は本当に辛かったと吐露された一方、「死者を撮るということは、その人が生きた証を撮ること」と、焼身抗議を行った19歳の遊牧民の女子中学生の親戚に話を聞けたときのエピソードを語られました。また、講義で何度も登場した「いい意味で、観客を裏切る」「絶対にナレーションを入れない」「異質なものを一緒に入れる」ことで矛盾したものを一気に掴み取る力がつくと、映像クリップをもとにご説明。特に印象的だったのは、元政治犯の告白シーンで、恨み言を言うのではなく「看守と互角に闘えた」「彼らもそれなりに大変だっただろう」と思わぬポジティブな言葉が飛び出し、そこには利他の心が溢れていました。
講義の後半は、本作のキーパーソンで「でっかい愛の持ち主」の中原さんについて、仏教を深く学び、自分の生き方の基盤に仏教の教えが確固としてある彼の凄みや、チベット支援を始めたきっかけ、本作撮影後の活動も紹介。撮影の福居正治さんと3人で観光客としてチベットに潜り込んだ緊張感溢れる撮影裏話は、受講生のみなさんもドキドキハラハラだったのではないでしょうか。ここで撮影隊を導いてくれたのはタイトルにもなっているルンタ(風の馬、天空をかけて人々の祈りを仏神に届けると言われている)で、チベット人が命をかけて守ろうとしたアイデンティティや文化を撮りたかったと池谷さん。焼身抗議をした人の現場を訪れての撮影や、ラストシーンの中原さんの魂の叫びについて臨場感たっぷりに話していただき、最後には「世界はいたるところで暴力にあふれているけれど、焼身者の利他の心をみなさんの胸に刻みたい。世界に知ってもらいたくて焼身抗議をしているのでチベットの現実を直視してほしい」と訴えました。人間の尊厳とは何かを深く考えると共に、チベットに行って、チベット人と出会いたくなる最終回となりました。